日本獣医救急集中治療学会
国際シンポジウムの開催に寄せて
2011年の年の瀬も押し迫った頃、帝京大学医学部麻酔科学講座の元教授である岡田和夫先生が、私の研究室に突然訪ねてこられました。恥ずかしながらその時は名前を聞いたことがある気がする程度の認識しかなく、岡田先生が国の内外を問わず非常に高名な医師であることは知りませんでした。初めてお会いした時、岡田先生はすでに80歳に近かったと思いますが、ものすごく頭の回転の速い人であることが一瞬で分かりました。その岡田先生が開口一番、現在アメリカで獣医療の心肺蘇生(その頃我々は心肺脳蘇生と呼ぶことが多かったと記憶しています)ガイドラインを作成中である。ひいてはこれに参画し、このガイドラインが日本あるいはアジアの国々に普及するように努めなさいと言われました。それまで心肺蘇生についてはある程度のことは知っていたのですが、ほぼ人医療からの情報に基づくもので、犬や猫の適切な実施方法は誰に聞いてもはっきりしないという状況でしたので、非常に有益な情報だと思いました。実は岡田先生は日本蘇生協議会(JRC)を設立されただけでなく、各国の心肺蘇生の団体の元締めである国際蘇生連絡委員会(ILCOR)に加盟するために(規約が変わり単一国での加盟が認められなくなった)、アジアの各国に呼びかけアジア蘇生協議会も設立して加盟を果たし、さらにはILCORが更新を続けている人の心肺蘇生のCoSTRの作成にも参画するという国際的に活躍する人における心肺蘇生の第一人者でした。なぜ人の医者である岡田先生が動物の心肺蘇生についてこのように高い関心を持ち、熱心にサポートしようとしてくれるのか、それは別の機会にお話しすることもあるかと思いますが、いずれにしてもこれをきっかけにその当時米国ペンシルバニア大にいた、RECOVER構想の共同設立者であるManuel Boller先生(現在はカナダ)と佐野洋樹先生(現在は香港)から連絡を頂き、日本におけるRECOVERが幕を開けることになりました。
その後2012年の6月にはRECOVERのガイドラインが雑誌に公開され、この月に開催された日本獣医麻酔外科学会でのパネルディスカッションで早速話題として取り上げることができました。さらに10月にオーストリアのウイーンで開催されるヨーロッパ蘇生協議会の学会とそれに引き続いて行われるILCORの会議にRECOVER構想のもう一人の設立者であるコーネル大のDaniel Fletcher先生とBoller先生が出席し、これに合わせてウイーン獣医科大学でRECOVERによるCPR実習が行われるので参加しないかとの誘いを受け、ウイーンまで出かけることにしました。そこで見たトレーニングコースは非常に完成度の高いもので、RECOVERがいかに臨床的に有用であるかを目のあたりにすることができました。ウイーンで初めて会ったFletcher先生とBoller先生は信じられないほどフレンドリーで親切な人たちで、翌年来日してくれると約束してくれました。その後も2013年4月にサンフランシスコで開かれたRECOVERの会議、6月のFletcher先生とBoller先生の来日講演・実習と続き、9月にはサンディエゴで開かれたIVECCSのRECOVERの会議の際には日本におけるRECOVERに様々な協力をしてくれているKenichiro Yagi氏に初めて出会うことができました。さらにRECOVERのガイドラインを日本語訳にする公式の許可も得られ、皆で協力して翻訳を進めました。その内容は全体の一部ではありますが、RECOVERのweb siteに掲載されています。残念ながら岡田先生は2022年に逝去されましたが、天国で我々の動きにはっぱをかけ続けておられると思います。
これらの一連の経験で一番感じたことは、医療においてはエビデンスを集積するだけでなくそれらを科学的に解析して臨床に役立てることが重要であるということでした。これらをコンセンサスとして作り上げるプロセスの一端を見ることは非常に良い経験となりました。この流れは2018年に設立された日本獣医救急集中治療学会(JaVECCS)に引き継がれ、継続して熱心に講習が行われています。私が岡田先生に初めて出会ってから約12年の年月が流れましたが、この間に日本における救急・集中治療は急速に発展しメジャーな分野の1つとなりました。これにはJaVECCSが大きな役割を果たしていることは間違いないでしょう。以前は救急分野で働く少数の先生方が苦労して学術活動を続けてこられていましたが、救急。集中治療に興味と熱意を持つ若手獣医師が集結することで、その流れを一気に高めることができたのだと思います。今回獣医救急集中治療学会(VECCS)をプラチナスポンサーに迎え第9回日本獣医救急集中治療学会国際大会を開催することは、ある意味必然の流れだったのかもしれません。しかしこれはあくまでも最初の通過点に過ぎません。この国際大会をきっかけに日本における獣医救急・集中治療分野がさらに充実・発展し、日本から世界に向けて情報発信ができることを願ってやみません。皆様と有明でお会いできることを楽しみにしております。